大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和45年(ヨ)564号 決定

申請人

宮谷久美

代理人

三浦久

外三名

被申請人

新日本製鉄株式会社

代理人

畑尾黎磨

主文

被申請会社は、申請人を被申請会社の八幡製鉄所に勤務する従業員として、仮に取扱え。

申請費用は被申請会社の負担とする。

(森永竜彦 寒竹剛 岩井正子)

仮処分申請書

申請の趣旨

被申請人は申請人を被申請人八幡製鉄所勤務の従業員として仮に取扱え。

申請費用は被申請人の負担とする。

一、(当事者)

被申請人は従業員約八〇、〇〇〇名を有し、鉄製品の製造販売を業とする会社である。

東京都中央区に本社を置き、八幡製鉄所、光製鉄所、堺製鉄所、名古屋製鉄所、君津製鉄所(以上旧八幡製鉄所系)、その他数ケ所に製鉄所を有している。

申請人は、昭和三二年一一月一日、申請人八幡製鉄所に臨時作業員として入社し、昭和三三年一月から電気整備工、計器工として勤務してきた被申請人八幡製鉄所の現場作業員である。現在は被申請人八幡製鉄所畑製造所整備部中央整備課計測整備係請負工事監督補助方として勤務している。

二、(転勤命令の発令)

被申請人は昭和四五年一〇月七日、大槻係長を通じて申請人に対して君津製鉄所勤務の内示を行い、申請人が、転勤に伴う生活上の不利益その他後述する理由を挙げて再考を促したにもかかわらず、同月一五日、正式に申請人に対して君津製鉄所への転勤命令を発令した。

三、(転勤命令の無効性)

(一) 労働契約違反。

(1) 申請人は、昭和三二年一一月一日被申請人八幡製鉄所に臨時作業員として入社し、昭和三三年一月一日から本工として同所に勤務している。

現在作業員として入社する者は、技術職社員見習として二カ月間勤務した後技術職社員(作業員)となつているが、当時は、作業員として入社した者は、二カ月間臨時作業員として勤務した後本工となつていた。

申請人は八幡製鉄所勤務を志願し、被申請人もこれに同意し、昭和三二年一一月一日に勤務場所を八幡製鉄所、日給二四〇円とする労働契約が成立した。

このことは、「貴殿は予ねて弊所の臨時作業員を志願されていましたが今度採用見込となりましたので…」という八幡製鉄所名義の採用通知(甲第一号証)によつて明白である。

爾来、一三年間、申請人は、右契約に基いて、八幡製鉄所に勤務してきた。

今回の本件転勤命令は一方的な労働契約の内容の変更であり、従来の労働契約の範囲を逸脱した無効なものであるといわざるをえない。

(2) 仮に右明示の特約が認められないとしても、申請人は本社採用された将来幹部となるべき社員ではなく、現地採用された現場労働者であるから、特約のない限りは、労働契約の内容として勤務場所は八幡製鉄所と解すべきである。とくに、昭和三二年当時君津製鉄所は存在しなかつたのであるから、君津転勤は労使双方にとつて予想もできなかつたのである。

又、八幡製鉄所の現地採用の現場労働者の中でも、他の製鉄所へ転勤されても異議がないという誓約書を特別に入れている人と入れていない人とがあるのであるから、このような誓約書を入れていない人の労働契約は八幡製鉄所勤務と解すべきなのである。

したがつて、本件転勤命令は、労働契約の範囲を逸脱した無効なものであるといわざるを得ない。

(参考、労働法大系五巻、吾妻光俊「労働者の権利、義務」四七頁。新労働法講座七巻、労働保護法(1)、三島宗彦「労働者の権利、義務」一三三頁。東京地裁、四一・三・三一判、労民集一七巻二号三六八頁(日立電子出向命令拒否事件)。大阪地裁、四二・五・二六判、労民集一八巻三号六〇一頁(南海電鉄配転事件)。東京地裁、四二・六、一六判、労民集一八巻三号六四八頁(日野自動車配転事件)。

(二) 転勤命令権の濫用。

右(一)の主張が仮に理由がなく、転勤命令権は本来使用者の専権裁量に属するとしても、本件転勤命令は、その裁量を著しく逸脱し、権利の濫用として無効である。

今回の会社の配転計画(君津、大分製鉄所建設に伴う要員計画)の実施に当つては、被申請人は、八幡製鉄労働組合に対して、本人の意向を充分に尊重すると確約し、労働組合もそれを確認した上で、配転の具体的人選に入ることを承認したのである(君津配転約一、〇〇〇名、大分約一九〇名)。

申請人は、行橋市で生まれ育ち、北九州以外に住んだこともない純粋な土地つ子である。

親、兄弟も、妻の親兄弟も総て行橋市を生活基盤として居り、遠い千葉県君津には、親戚、知人は一人もいない。

又、申請人は自己名義の田畑も所有し、米作や野菜作りも行つて、生括の補給をしている。

姉はじん臓病で、何時死ぬかも判らぬ状態であるし、妻も来年一月に出産を控えている。

君津製鉄所に勤務すれば、停年になるまで今後二〇年間は長年住みなれた郷里に居住することができなくなる。親の世話も兄弟の世話もできなくなり、親戚、知人との交際も不可能になる。冠婚葬祭のときは、遠い千葉県君津から、その都度郷里に帰つて来なければならない。これは申請人の生活関係の重大な変化である。

以上のように、申請人は君津配転によつて、生活上、経済上多大な不利益を受けることになる。

一方、被申請人が君津製鉄所に人員を必要とする事情が生じたこと自体は想像するに難くないが、右の理由で転勤に同意しない申請人を命令で転勤させなければならない理由を発見することはできない。現在まで約二千数百名の労働者が八幡製鉄所から君津製鉄所に転勤したが、総て本人の同意を得た上で転勤命令が発令されているのである。

申請人の職務が余人をもつて替え難いものであるならばともかく、そうでないのであるから、被申請人会社の従業員約八万名のうちから広く人選を行えば申請人よりも更に適切な希望者、同意者を見出すことは容易になし得る筈である。

したがつて、本件転勤命令は、申請人を選んで転勤させなければならない業務上の必要性が極めて希薄であるのに反し、転勤によつて蒙る申請人の生活上、経済上の不利益は極めて大きく、本人への意思を尊重するという被申請人と労働組合との確認にも反し、権利の濫用として無効というべきである。

(参考 和歌山地裁三四・三・一四判、労民集一〇巻二号一二七頁。札幌地裁四二・二・六判、労民集一八巻一号五二頁。横浜地裁四三・一・二九決、労民集一九巻一号二七頁。岡山地裁四三・三・二七判、労民集一九巻二号四九三頁。東京地裁四三・八・三一判、労民集一九巻四号一一一頁。秋田地裁四三・七・三〇判、労民集一九巻四号八五九頁)。

四、仮処分の必要性

前述の如く、本件転勤によつて申請人は経済上、生活上の不利益を蒙り、著しい損害を受ける虞れがある。

又、本件転勤命令に応じなければ、懲戒解雇又は解雇に処せられるおそれがあるところ、君津への出発は一〇月二二日、出勤は一〇月二七日と指定されているので、現在申請人が提起を準備している地位保全の本案訴訟の判決をまつていては回復することのできない損害を蒙るおそれがある。よつて本申請に及んだ。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例